後書き

 終わった……

 きっと、最後の一行を書き終えた瞬間は、心の底からそう実感するのだろうなと、この15年以上、ずっと思い続けてきました。

 内容は面白みに欠けますし、つたない単純な文章で自分でも嫌になりましたし、果たしてこれは小説と呼べるのだろうかという思いもありましたので、正直言うと社会人となってからは、仕事で忙しい中、読む人も少なく、小説としても下手くそなこの二次創作品を書く意味があるのかと、毎日のように感じていました。でも、それでも一度始めたことを、それなりの想いを乗せて書き始めたものを、途中で投げ捨てるというのは、それはそれで嫌でした。

 就職以降、もののけ姫という作品それ自体への熱量が以前ほど無くなってしまった中、それでもなんとか最後まで書ききれたのは、こうなったらどんなに時間がかかっても、なんとしてでも終わりまで漕ぎつけてやる、という執念というか、義務感というか、強迫観念に近いものがあったからで、もはや趣味という枠ではなくなっていたからだと思います。

 実際、書き終えるその瞬間まで、もうすぐ終わる……もうすぐ終わるんだ……と、毎日、頭の中で何度も復唱して、どうにかモチベーションを維持していましたから。そんな二次創作品がやっと、ようやく書き終えられたのだから、そりゃ「終わった……」と実感するはずなんですよ、本当なら。

 ところが、です。

 ちまちまと、15年以上掛かけてきた「その後」の物語の最後の一行を書き終えた今、自分でも信じられないことに、「終わった……」という実感が、全く、頭の中のどこかしらにも湧いてこないのです。

 長く付き合ってきた二次小説がようやく終わりを迎えたというのに、これは一体、どういうことなんでしょうか……。


 掲載当初の前書きではカッコつけて書いていませんでしたが、その後の物語を書き始めたのは、ホームページを開設して間もなくの頃でした。当初は表に出すことまでは考えておらず、誰もがしていたようにただ「もののけ姫」のその後を頭の中で楽しく妄想していただけで、これといったストーリーも無く、ましてや主題といったものなど無いものでした。

 しかし、宮崎駿監督のインタビューやもののけ公開時の資料など読んでいくうちに、次第に現代社会を反映した重い内容がもののけ姫にはあるということを知り、さらにその後の東日本大震災を受けて、頭の中だけで想像していたその後の物語は主題を持った「書く意味のある物語」に変わったんです。


 過去にブログでも書きましたが、東日本大震災は自分にとってとても大きな出来事でした。あの時の地震直後の津波や原発、火災などの映像は今でも脳裏に焼き付いていますし、自分自身が体験した揺れや物流の停止、計画停電、それらへの人々の反応の記憶も、未だ鮮明に残っています。詳細は過去のブログに書いたので省きますが、現在の仕事に就いている理由も元をたどればあの震災につながります。

 とりあえずここではその後小説のことに絞ってお話しますが、要するに本家「もののけ姫」のその後に待っているであろう踏鞴場とシシ神の森、それぞれの復興・再生への道のりが、現実社会の日本の復興・再生への道のりと重なって見えたんです。

 本家「もののけ姫」は、「生きろ」をキャッチコピー、あるいは主題として、現実社会の状況を映して世に送り出されましたよね。本編では一応、アシタカとサン、踏鞴場の人々が生き残って終わっています。「生きた」んですね。

 でも、生きるって「生きた」で終わる話ではないわけですよね。つまり、生き残ったなら、これからはそれを「生きていく」へ変えていかないといけないわけで…。


 震災のあと、復興が日本の大きなテーマになりました。

 震災で多くの方々が亡くなりましたが、それでも、生き残った人は顔を上げて日々を生きていかなければならなかったわけです。

 なら、これからを生きていく自分を含めた全ての人にとって、まさしく「生きていく」という行為それこそがその後小説で書くべき主題なんじゃないか。それもただハッピーなその後を語るのではなく、具体的に何が起こり得り、どう悩み、いかにして壁を乗り越えていくのかを描く、それこそが本当に必要とされている物語なんじゃないか、と、当時の自分には思えてきたんです。(上手く描けているかどうかは別問題なんですけどね……)

 二次創作だろうが何だろうが関係ありません。真面目に、現実社会に少しでも何かを伝えたい……。そこに、その後の物語を書き、ネット上に載せる意義が生じたわけです。ただ自分の頭の中で妄想して楽しむのではなく、自分の外へと出す意義が。


 ただ、誤解されたくないこともあります。この小説を書く上で、あの震災そのものを参考にしたわけではありません。

 例えば、瓦礫から仲間の亡骸を探し、土葬するといった場面がありますが、これらは震災前に書いたもので、震災をもとにしたわけではないです。踏鞴場のその後を考えた時、当然あのようなことになるだろうなと、2010年の書き出し直後から書いていました。

 自分が言いたいのは、このその後小説はあくまで震災後の復興への道のり、そしてその根本である「生きていく」という未来へ向かっていた当時の、あるいは現在の現実社会に対して向き合って書いたものであって、震災そのものを話の元にしたわけではないということです。

 言い方が難しいのですが、あの震災を小説のネタにしたとだけは思われたくないです。あくまでも、すでに書き出していた物語に、震災後の復興という現実社会の主題が重なり、今を、これからを「生きていく」ために、何かを伝えられる物語にしたい……そういう想いに至って書いたのだということを、お伝えしておきたいです。


 この後書きのはじめに、「終わった」という実感が湧かなかったと書きました。それは、今も同じです。

 でも今思うと、ある意味で、これは当然のことなのかもしれません。

 この二次小説の主題は、「生きていく」です。そうです。「生きろ」ならともかく、「生きていく」とは、その瞬間で終わるものではなく、命ある限り続いていくものなんですよね。

 だからかもしれません。ここで、「その後」を描いた物語は一応の落着を迎えましたが、小説内でも書いているように、生きていくという物語は、作品内の登場人物たちにとって終わっていません。そしてそれは、これを書いている自分にとっても同じことで、この二次小説に込めた主題それ自体は、結末を迎えてなどいないんです。

 結局のところ、終わっていないんです。本当の意味では。きっと、だからこそ、未だに実感が湧かないんでしょうね。書き終えたという実感が。


 2011年から、15年が経ちました。あれから、色々ありましたね。地震や台風などの天災もそうですが、コロナパンデミックというこれまた大きな出来事もありました。個人的にも、手術を要する大けがを経験してしまいましたが、それでも今、どうにか生きています。まだまだ、物語は続きそうです。そしてこんなつまらない文章をここまで読んでくださっている皆さまの物語も、どうか末永く続いていくことを願っています。

 今回のその後小説には、自分なりの想いを込めています。それが、読んでくださった方にほんの少しでも伝わってくれていたら嬉しいです。もちろん、作品の中身や主題への答えに対し、皆さんの完全な同意を欲しているというわけではありません。共感だろうと反感だろうと、何かを感じてもらえたなら、それこそがこちらの本意であります。


 このその後小説をもって、もののけ二次創作は一旦切りにしたいと思います。またいつ書くこともあるかもしれませんが、今のところ分かりません。

 今後は、以前から取り組んでいた一次創作の方に集中していきたいと思っています。二次創作と違って色々と難しい部分を実感しているところではありますが、ここで鍛えた「最後まで書ききる」という根性は、とても役に立っています。文章や語彙力は相変わらずですけどね……。


 さて、カッコつけた後書きもこれくらいにしておきます。長い時間かけてきた二次創作品なんだから、青臭い後書き書いたっていいですよね。

 またいつか、その後のその後を書く意味を見出すようなことがあれば、もしかしたら続きを書くかもしれませんね。分かりませんけど。

 最後になってしまいましたが、この後書き含め、だらだらと単調な作品をここまで読んでくださったあなた様へ、申し訳ないなと思いつつ、本当に心から感謝申し上げます。最後まで付き合って下さり、ありがとうございました。

 一次創作、別のペンネームで活動していますが、ご縁があればまたそちらでお会いしましょう。それでは。

 (2026.4.10)

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