雨の日
穴ぐらの中、二人は隣り合って座る。雨雲が空を覆い、昼とは思えないような薄暗さの中で降りしきる雨を、穴ぐらから静かに眺めていた。これといった話題もなく、雨に潤される森を、ただただ見つめている。耳に入るのは、雨粒が地を打つ音ばかり。穏やかな時が流れていた。
そんな中、アシタカがそっと口を開く。
「…兄弟は元気かい?」
サンは、森を見つめたまま答える。
「元気だ。」
会話が続かないまま、二人は静かな世界へと戻る。雨の音がやけに大きく聞こえてきた。すると、今度はサンが口を開く。
「…ヤックルは元気か?」
アシタカは微笑んで答える。
「元気にしているよ。」
会話はまたも続かない。再び二人は黙りこむ。相変わらず、雨の音ばかりが聞こえてきた。二人一緒、じっと外を眺める。
しばらくそうしていると、突然サンがもぞもぞと動きだした。アシタカは不思議そうな目で彼女を見る。サンはふいに大きな口を開け一気に息を吸い込むと…くしゅん、と、くしゃみをした。彼女は鼻を啜り、口を開いた。
「…今日は寒いな。」
それを見たアシタカは、サンに言った。
「風邪をひくといけない。毛皮を持ってこようか?」
サンは答える。
「いい。平気だ。」
「本当かい?」
「平気だ。」
「…。」
またも二人の間に沈黙が訪れる。雨は、そんな二人とは対照的に、一層その声を大きくさせていた。肌に感じる寒さは、時間を追うごとに強くなっていく。しかし、時はゆっくりと流れていった。
すると、今度はサンが急に、すっくと立ちあがった。ふいな動きに、アシタカは少し驚く。彼はサンを見上げ、彼女が何をするのかと様子を見る。そして、サンは言った。
「…毛皮、取ってくる。」
サンは穴ぐらの奥の方へと歩いて行った。アシタカは座ったままサンが戻るのを待つ。彼女はすぐに戻ってきた。手には、普段寝る時に掛けている茶色の毛皮を持っていた。アシタカとサンが出会ったばかりの頃、重い怪我を負った彼に掛けていたあの毛皮だ。彼女はその毛皮を持ったままアシタカの横に立ち、突然言った。
「…雨は久しぶりだ。」
アシタカはサンを見上げた。サンはちょっぴり嬉しそうだ。それを見たアシタカは、口を開いた。
「長く、降っていなかったからね。」
サンはアシタカの隣にどすんと座り込み、あぐらをかく。そして手に持っていた毛皮にくるまった。毛皮にくるまりながら、サンは満足そうに雨の降りしきる森を眺めていた。アシタカもまた、外を眺める。すると、今度はアシタカが急に口を大きく開け…くしゅん、と、くしゃみをした。アシタカはずずっと鼻を啜る。サンと顔を見合わせる。
「なんだ、アシタカも寒いのか?」
アシタカは恥ずかしそうに答える。
「…あ、あぁ…少し。」
サンはそれを聞き、くるまってる毛皮を持つ手の片側を、アシタカに向けて大きく広げた。そして、言った。
「入れ。」
アシタカは一瞬目を丸くしたが、すぐに「ありがとう」と言ってサンに寄り添う。
二人、毛皮にくるまった。毛皮の中は暖かかった。二人は再び顔を見合わせる。いつの間にか、お互いに自然と微笑み合っていた。
アシタカとサン、二人は二人だけの時間を過ごした。この二人にはもう、会話は必要なかった。